2013年11月 記事一覧

「子曰、民可使由之、不可使知之」
論語にある有名な教えだ。
この教えでは、「使由之」由らしむはよく、「使知之」知らしむはよくないと書かれている。
由は、由来、由縁、理由、自由、これまでの流れやいきさつ、理屈のよって立つところ、自分自身がよって立つ立場などが「由」の意味合いとして連想される。
これに対し、「知」は知らせ、通知、下知、通達、思い知らすなどが連想される。

 

 

私が論語のこの言葉を初めて見たとき、孔子は施政をなすとき、民になぜそのような施政を行うのか、民がその由来や由縁、理由や民の一人一人がその自由な立場からして、しみじみと納得できる「由」(よし)を感じさせなくてはならないと言っているのだと思った。
後段では、町辻に高札(お知らせ)を立て、民意も問わず、一方的に下知、通達するようなやり方は『不可』であると書いているように感じた。理由も納得も、判断材料となる情報もなしに、一方的にお知らせや通達、結論だけが押し付けられ、それに反抗するものには目に余る「思い知らす」ようなことがなされるようでは、政治は受け入れられず機能しない。

 

 

「由らしむべし、知らしむべからず」には、様々な解釈がなされており、中には真逆に、
「民には施政に従わせればよいのであって、その道理を人々にわからせる必要はない」といったものまである。しかし、論語に書かれている「由」と「知」の二文字の意味をよく見れば、孔子が世に対し、愚民政策を論じているとはとても考えられないのである。

特定秘密保護法案が国会で審議されているが、きわめて唐突な感じが否めない。
今日、情報化社会が大きく進展している中にあっては、様々な情報が交錯しており、「特定秘密」といっても何がそれに該当するのかそれを判別するのは至難の業だ。軍事、経済、政治、技術、様々なデータベース等、何百万種類、何千万種類、あるいはそれ以上のありとあらゆる情報が存在する。

 

 

正しいすべての情報にアクセスできなければ何人も正しい判断を行うことができない。
かつての軍部による情報統制や、共産主義、社会主義体制の国家が情報統制を行い、国民が正確な判断ができなかった歴史を繰り返してはならない。
日本国憲法の前文にも、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」とある。いわば、「国民の知る権利」は民主主義の根幹をなすものだ。

 

 

本法案については日本弁護士連合会初め、多くの知識人が反対を表明し強い懸念を表明している。憲法に掲げられている主権在民、国民の知る権利、報道の自由等、基本的人権にも関わる問題でもあり、もっと時間をかけて慎重に広く議論をすべきである。

今年の日本シリーズは例年になく盛り上がった。被災地に本拠を置く楽天が、最強巨人軍に挑戦するという組み合わせもさることながら、24勝無敗という歴史的な大記録を作った田中将大投手の功績も計り知れないほど大きい。ペナントレース後も含めれば30連勝している田中を巨人は打ち崩すことができるか、これが7連戦を通じて多くの人の目をくぎ付けにした最大の理由だろう。期待にたがわぬ好試合の連続だった。

ただ、最終試合、第7戦の9回表、田中が救援の指名を受けたのには驚いた。前日160球を投げ12安打を浴びて敗戦投手。間を置かない連投では本来の力を出すことはできないだろう。どうしても勝たなければ最終の優勝決定戦。勝つためには、力にゆとりのある則本の続投の方が望ましいと多くの人が思ったに違いない。プロのスポーツ選手なら、情や根性ではなく、勝つために最善を尽くすのは当然だ。星野監督自身も大きく迷ったところだろう。

しかし、球場全体が田中のアナウンスを割れんばかりの拍手と声援で迎えたように、ファンは、日本で最後となるかもしれない歴史に残る名投手を胴上げ投手として見ておきたかったのだ。言うまでもなく、日本シリーズの優勝決定戦に臨んでいるこの状況自体、田中自身が一年がかりで大記録とともに作り上げてきたことなのだ。

プロは勝ち星や成績にこだわるのは当然だ。しかし、同時に、歴史に残す「気持ち」を「魅せる」ことも多くのファンから期待されているのだ。

田中将大投手をはじめとする楽天の優勝に心からの祝意を表したい。

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