2015年3月 記事一覧

本年3月12日、政府は沖縄県米軍普天間基地の移設に向け、中断していた名護市辺野古沖の海底ボーリング調査を再開した。今夏にも埋め立て本体工事を開始し、普天間基地の運用を2019年2月までに停止する方針だ。

 

しかし、地元はそれに対し極めて強硬に反対の意向を示している。翁長沖縄県知事はじめ、先般行われた選挙において関係市長は、皆反対派が勝利している。翁長知事は「あらゆる手法を駆使して辺野古に基地をつくらせない」と明言している。

 

これに対して政府は極めて強硬姿勢だ。地元の知事との面会にすら応じていない。

 

そもそも飛行場や基地を作ろうとするとき、普通に考えれば地上に作るのが当たり前だろう。アメリカの関係者ですら、辺野古にこだわらないと明言している。辺野古がどこにあるか知らない人も筆者のアメリカの友人にも多い。嘉手納基地の中にも太平洋戦争の際日本本土空襲のために作った滑走路があるとテレビ番組で紹介されていた。地上で滑走路を造るのは海を埋め立てて造るよりはるかに安くできる。

 

極めて高額なやり方で基地を作るのには何か理由があるのだろうか?

 

公共事業はそれを請け負う建設業者等は建設費を高くするために期待するところだろうが、納税者から見ればそれはかなわないことだ。建設コストが極めて大きいこと、地元の反対が明確なこと、メンテナンスコストも多く見込まれること等を考慮すれば、政府も地元の人々とよく話し合ってみる必要があるのではないだろうか。

政府は201536日(金)、新たな安全保障法制を巡る与党協議会において、集団的自衛権の行使に向けた法案の骨子を示した。新ルールにおいては、日本が武力攻撃をされていなくても密接な関係の他国が攻撃され、日本の存立を脅かす事態においては自衛隊が攻撃できるというものだ。

 

 

この骨子によれば、集団的自衛権の発動は、武力攻撃事態法に定める「新事態」に当てはまるかどうかで判断される。新事態は、①日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある。 ②ほかに適当な対抗手段がない。 ③必要最小限の実力行使だ。

 

 

しかし、問題は「日本の存立を脅かす事態」とはどのような場合をいうのかということだ。日本が直接攻撃を受けた場合なら相当程度明白であるが、密接な関係の他国が武力攻撃を受けた場合、また経済的攻撃やサイバー攻撃を受けた場合、IS国のような脅迫や口撃、あるいは歴史文化資産の破壊など極めて反社会的な卑劣な攻撃を受けた場合等、どこまでを「日本の存立を脅かす事態」と見做すかは、人によってかなりの差異があるのではないだろうか。

 

 

安倍首相の就任以来、憲法改正論議、2013126日秘密保護法成立、1226日靖国参拝、201417日安全保障局発足、220日集団的自衛権にかかる憲法解釈の閣議決定による変更、武器輸出を可能とする議論等、いわゆるタカ派的な発想が次々に打ち出されてきている。これに対し、韓国や中国のみならずアメリカやヨーロッパのいくつかの国からも懸念や批判が出てきており、諸外国との緊張は決して小さいとは言えない。

 

 

戦後70年にわたり、日本は平和憲法のもと何とかして銃から弾が飛び出ることの無いよう、あらゆる努力をしてきた。その結果として、自衛隊員は戦闘で敵を倒したことはただの1人もなく、また自衛隊員も一人も殺されることはなかった。この間平和憲法の果たしてきた役割は極めて大きい。安倍政権のもと、これとは違った方法で武力行使の新しい形を見出そうとするのだろうが、これまでの戦後日本のやり方を大きく変えていくことになる方策については、充分な検討と 、極めて慎重は判断が必要となると考える。

閣僚の政治献金問題が、またまた大きな問題となっている。
西川公也前農相の辞任に続き、望月義夫環境相、上川陽子法相、そして下村博文文科相が連日マスコミをにぎわしている。
政治とカネの問題は昨年においては、小渕優子前経産相、松島みどり前法相が問題視され閣僚の辞任に追い込まれたばかりだ。

 

 

国会議員である政治家が公私の区別をつけ、政治献金等資金についての透明性を確保していなくてはならないことは当然のことだ。
企業や特定の個人から多額の献金を受けながら、その企業が国民の血税から多額の補助金を受けていることを「知らなかった」ということですまされるものではないだろう。
多額の献金をどの企業から受けたのかそれすら知らなかったというのだろうか。政治献金に対し、謝意を表したり謝礼の電話をしたりすることもないのだろうか。

 

 

政治とカネの問題は、これまでにも何度も大問題となっており、民主主義社会においてその存立をも脅かしかねない極めて大きな問題になっているのだともいえるだろう。大臣が辞任すれば問題をうやむやのうちにしていいというものではない。特に選挙で当選すれば、禊がなされたとみなされ、それで説明責任を果たしていなくともよいということであるはずもない。

 

 

政治とカネの問題については、こうした問題をきちんと解明すべきであるし、議員たるもの明確な説明責任を果たすべきである。納税者はこのようなことについて極めて大きな怒りをもって問題を注視している。二度とこうした問題が起こらない仕組みを確保することが必要である。

ページ上部に