2015年7月 記事一覧

新国立競技場の検討見直しが公表されても、問題はすっきりとした形では落ち着かない。関係者の間には不満が満ちているようであるし、責任問題、すでに支払った費用や、今後の賠償問題の可能性等についてもすっきりしたものとは言えないようだ。

今回のことで最も重要なところは、旧競技場を突然取り壊してしまったことだ。まだ予算も確定せず、今行われている議論同様、誰が発注者なのか明確でないときに、旧競技場の修繕で安くできるかどうか専門家が検討しているさ中に、その議論を打ち壊すような解体作業が行われてしまったことだ。この発注者はいったい誰なのだろうか?

 

この問題は、他のデザインをはじめとする様々な初期費用の発注や払込みに共通するものだ。責任の所在についてはこの問題を抜きにしては語れない。さらに、国立競技場以外の地方の施設や、他の競技場の費用、経費またそれらを前提とした様々な発注にも同様の問題が生じることとなる。

 

責任の所在を突き止めることは極めて重要だ。その点を明確にし、その問題についての透明性を誰の目にもわかるように明確にすることが今後の運営等についても決定的に重要なこととなる。

払ってしまったものについて、うやむやにすることはできないし、誰がどういう権限でどういう勘定で発注したのか、できるだけ速やかにわかりやすく説明することが必要である。

新国立競技場についての見直しの検討が始まった。当然のことである。

ここで重要なことは、金額をいくらにするかということではなく、透明性を徹底的に確保し、ゼロベースで計画を見直すことだ。いやしくも決して密室の中で作業が行われてはならない。

このような官による巨大投資は、巨大な利権とインサイダー情報の塊となる。建設会社等は金額が大きくなればなるほど収入、利益ともに巨大なものになり、請負金額も多ければ多いほどその会社にとってのメリットは大きいことになる。その結果その建設会社の株式は高騰し、その情報が早ければ早いほど情報は株式投資に甚大な影響を及ぼすこととなりかねない。

このような危険はすべての公共事業に共有する問題となる。

国民が心配し、また不快に思うのは、そういうダーティな密室での出来事が横行することを何とかして払拭したいという思いがあるからだ。

辺野古の例を見ても請負金額をできるだけ多くしたいという建設側の思いから、安くできる地上ではなく、とてつもない金額に跳ね上がる海上埋立へと期待が移っていくことがありうるのではないかということに心配が及ぶことも考えられないことではないだろう。

 

また、新国立競技場の維持修繕費、また地方の施設の建設あるいは修理費等もよく見直すべきだ。オリンピックだからと言ってすべて大盤振る舞いにしていいというものではない。社会保障や年金、医療や介護等今後支出が急増していくことが見込まれる日本にあっては、その歳出を慎重に費用対効果を見ていく必要がある。質素にして心のこもった大会にすることこそ親しみや尊敬の念を醸し出すものであり、借金大国の日本が表向きだけ華美に過ぎる支出を行うことに対し多くの者は逆に奇異な印象を持つことになるのではないか。質素倹約を旨とし、心のこもった大会運営を目指すべきだと今回の騒動を見て強く感じるところである。

今回世論の圧倒的な反対(NHK81%,読売オンライン等95%)が国の方針を変更させた。このような経験が今後の日本の社会全体に良い影響を及ぼしていくことを期待している。

2015年7月15日、安保法案が衆議院特別委で可決された。明日16日の衆院本会議で可決されるのだろう。

これに至るまで何回にもわたる世論調査が、各報道機関等によってなされ伝えられてきたが、石破大臣や安倍首相も言われているように、国民の理解が深まったとはとても思えない状況にある。

NHKや大手新聞社等の世論調査では、内閣不支持率(43%NHK)が支持率(41%)を超える状況にあり、集団的自衛権に対してはおおむね6割が反対を表明している。国民への説明不十分は8割にも達しており(共同通信84.0%、日経81%、読売80%、毎日81%)、法案が憲法違反ではないという政府の説明に納得していないというものも66%にも達している。NHK)。

このような状況の中、与党はなぜ法案を強行に採決したのだろうか。

時間をかけたのだけでは、審議を尽くしたとはとても言えない。もともと与党は国会に過半数を大きく上回る議席を持っているのだ。採決をすれば可決できることは最初から分かっている。民主主義の根幹は主権者である国民が理解し納得するところにあるのだ。

多くの世論調査ばかりでなく、有識者グループや、歴代の内閣法制局長官や憲法学者たち、徴兵制を恐れるママさんグループや若者の団体等、抗議団体が次々と誕生している。

戦争も怖いが、民主主義が弱まることも大変に恐ろしいことだ。政府、与党はもっともっと国民の声に耳を傾けるべきであろう。

新国立競技場の建設費を巡って、凄まじい金額が並んでいる。

 

2012年11月建設費    1300億円。

2013年9月       3000億円。

2014年5月            1625億円。

2015年ゼネコン見積もり 3000億円超。

計画見直し        2500億円?

 

これほどまでに金額が大きく乖離するようなことがプロの積算でありうるのだろうか。 北京オリンピックでも約525億円、ロンドオリンピックでも900億円程度だった総工費と比べても桁外れの巨大な数字になっている。このような迷走について、国民からは大きな不満の声が上がっている。

 

そもそも、国民の税金が入った総工費である以上、透明性を十分に高め、国民の理解と納得がなされなければならないのは当然である。

 

桝添知事も言っているように、都民が総工費の一部を負担するならその議会も承知しなければならない。都民の声や、議会の決議も経ないで、数字だけがあたかも決まったかのように出てくるのは理解ができない。

 

世界一の借金を抱える日本にとっては、歳出をできる限り抑えるのは当然のことだ。まして国民には消費税増税が2回にわたって実施されようとしているのだ。これだけの巨額な支出を本当に行うのかどうか、国民、都民、国会、都議会を含め、充分に透明性を高めた上で行うべきではないだろうか。それ以前の問題としてもなぜ予算額も、都の負担も決まっていない時期になぜどういう手順において旧国立競技場の解体発注が行われたのか、明確に説明をすべきである。

 

FIFAにおいても多くの逮捕者が出て世界中の人々から多くの疑惑が向けられている。日本のオリンピックにあってはそのようなことが絶対に起こりえないよう透明性を常に高めていることが極めて重要である。

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