2016年3月 記事一覧

トルコで報道の自由に対する懸念が広がっていると伝えられている。昨年10月、(2015年10月28日)警察機動隊が反政権側のテレビ局2社の本社に突入し、放送を中止させたと報じられている。また本年においても、数週間前にトルコ最大の放送局が政府によって国有化されたと日本のテレビニュースでも取り上げられていた。テレビでインタビューを受けた男性は、これでトルコには民主主義がなくなったと嘆いていた。

 

民主主義は、様々な情報が十分に国民に入手され、それをもとに国民が自由に判断できることが重要である。報道は政府に迎合することなく、むしろ客観的な目で事実を分析的に伝えていくことが必要だ。逆に政府の方針に沿うことばかりを考え、大本営発表をそのままうのみにして伝えていくようなことでは、マスコミの役割を果たしているとはいえないであろう。

 

別の言い方をすれば、社会主義国家や独裁政権においては情報の統制を行わずに政権の運営を取っていくことはできないのだ。自由で民主的な社会を作っていく上では、表現の自由、言論の自由、そして報道の自由は欠かすことのできないものだ。

国民が統治する者を監視し、チェックを行っていくことはこのように極めて重要だ。

先般、高市総務大臣が放送法について個別の番組についてもしっかり見せてもらいます、といった趣旨のことを言っていたが、視点が反対向きになっている印象を否めない。

3日ほど前、交通違反切符を切られた。

東京都新宿区新宿1-8-5ローソンのある交差点だ。普段は通らない道路で警官がなぜか多くいる印象だった。右折をしようと思い信号機の道路標識を確認して慎重に曲がったところ、2人の警官が自転車に乗って追いかけてきて、交通違反だと言う。

自分は信号のところで標識を確認した上で右折をしたのだと説明したところ、「その前に直進のみの標識があるのだ。今から確認しに行こうか」と自信をもって言う。

帰りに確認したところ、気に隠れて見えにくいが確かに直進のみの標識があるが、交差点にあるわけでないので普段慣れていない人にとっては間違えやすいところに立っているのだ。帰りの道で再度確認した時にはさらに婦警さんの乗った車までそのところで違反の取り締まりをしており、間違える人が多いところを重点的に取り締まっている感じであった。

いわゆるドル箱路線、ドル箱重点個所になっているようだった。

なぜ初めから警官が何人も待っているのであれば、右折の際10台位は反対車線が通過するのを待っていたのだから、その間私に対して笛を吹くなり、合図を送るなりして直進するように指示を与えてくれてもよいのだろうに、曲ったのを確認してから違反だというのはいったいなぜなのだろう。

 

10日ほど前、テレビで「ぶっちゃけ」トークの番組で元白バイ警官が、「ぶっちゃけ、交通違反にはノルマがあるんですよ。」と笑いながら言っていた。

そうだとすると、もう警官は何のために交通違反の取り締まりをやっているのかわからなくなる。

確かに、甲州街道初台の方から新宿の駅を超えるところや、246号線の渋谷を過ぎて青山通りに入るところ、飯田橋の一次停止の標識等々都内でもいたる所にわかりにくく、違反の認識もなしに捕まってしまうところがたくさんある。

 

交通ルールを守り、安全な運転がなされることは大切なことではあるが、もっとわかりやすい標識を出し、ドル箱路線で多く捕まえることを優先しているような発想を根本的になくすようにしていかなければ、市民の真の納得は得られないのではないだろうか。

1990年以来、日本経済にその力強さは見えない。

日本のGDPは25年前も今も約500兆円のまま、税収も1990年の60兆円以来一度もその税収額を超えたことがない。

その間、財政出動と称して極めて多額の公共事業等の支出が行われてきたことは周知のところだ。結果として国債等政府部門の長期債務残高はGDPの2倍以上、1000兆円を超えている状況にある。

 

古くは「日本列島改造論」に代表される道路や、鉄道、空港、ダムといった公共事業が、景気対策の名の下に行われてきたが、それがどのような効果を上げてきたかは必ずしも定かではない。ただ結果として極めて多大な国債残高が残ったことは紛れもない事実である。

 

政府支出が行われるということは、その事業に対する監督官庁ができることであり、その権限、管理、監督、メンテナンス等がその官庁や関連する団体等を通じて永続的になされることになる。当然、天下り等の可能性も増えることとなろう。

今脚光を浴びている政府支出として話題になる、オリンピック(文科省)、リニア新幹線(国交省)、辺野古工事(防衛省)、復興支援、耐震構造工事(国交省)、原発再稼働(経産省)、マイナンバー制度(内閣府、財務省)等々、官主導の大掛かりなプロジェクトが行われていくことが多方面にわたり行われている。

 

冒頭書いたように、過去4半世紀余りにわたって日本経済が停滞している折、真に必要なことは公共投資等による官主導の経済の活性化を図ることではなく、減税等を通じて、真に民間のエンジンを本格的に点火させることだ。1000兆円もの資金を民から官へ吸収し、さらに消費税を増税して民間から官の世界に資金を吸収していくのでは、民間企業による真の経済発展を期することは大変困難なこととなるのではないだろうか。

ページ上部に