和歌を現代語に、また外国語に翻訳することは、難しいことではありますが基本的には可能ではないかと私は考えています。なぜなら、和歌は文字による 言葉を伝えるだけではなくて、人間の琴線に触れる本質的な内面の心理や、感激する心の情感を伝えているように思えるからです。このような熱い情感は、日本 語であれ外国語であれ現代語であれ、必ずや共通するものがあって、時空や国境を飛び越え、人間に等しく共感を与えるものだと思うのです。

 

私は以前、アメリカの子供達が書いたという英語の俳句を読んだことがあります。5-7-5の韻を踏むという慣れない詠み方にあっても、アメリカの子供達らしい雄大な自然に溶け込んだ素晴らしい俳句が多く、日本人の目から見ても心を打たれる作品が数多くあったことを思い出します。アメリカにおいても俳句は結構流行っているという話をその時聞きました。

 

例として和歌を一つ英語に訳すと、どういう感じになるでしょうか?万葉集の詠み人知らずの歌で、次のようなものがあります。「妹背川(いもせがわ)手に手を取りて 渡りなむ たとへ悪しき 深みは無くとも」妹背は夫婦のことです。「これから二人で 夫婦の川を 手に手を取って渡って行こう たとえ 意地悪な深みが無かったとしても」という若い二人の旅立ちの歌です。

 

私はこれを次のように訳してみました。
“Now let’s start crossing over the river of husband and wife,with taking hands each other!Even if there is no evil depth in the river.”

 

確かに妹背という意味はうまく訳せないかもしれません。31文字に凝縮された語感そのものを訳すことはむずかしいかもしれません。でも、愛し合う二 人がしっかりと手を繋ぎ、二人の将来に意地悪な深みが「無かったとしても」、繋ぎあったお互いの手のぬくもりを感じながら、お互いに支えあって生涯を送っ ていこうという、強くて優しい思いは十分に伝わるのではないでしょうか。

 

一千数百年も前の名前もわからない誰かが、その最愛の新妻に対してこういう心を抱き、それを表した言葉が、万葉の言葉であっても、また外国の言葉であったとしても、その思いは「時空を超えて」私の心までも暖かいものにしてくれるのです。
私はこの歌がとても好きです。

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