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報道の自由

2016年3月22日 | 時事問題

トルコで報道の自由に対する懸念が広がっていると伝えられている。昨年10月、(2015年10月28日)警察機動隊が反政権側のテレビ局2社の本社に突入し、放送を中止させたと報じられている。また本年においても、数週間前にトルコ最大の放送局が政府によって国有化されたと日本のテレビニュースでも取り上げられていた。テレビでインタビューを受けた男性は、これでトルコには民主主義がなくなったと嘆いていた。

 

民主主義は、様々な情報が十分に国民に入手され、それをもとに国民が自由に判断できることが重要である。報道は政府に迎合することなく、むしろ客観的な目で事実を分析的に伝えていくことが必要だ。逆に政府の方針に沿うことばかりを考え、大本営発表をそのままうのみにして伝えていくようなことでは、マスコミの役割を果たしているとはいえないであろう。

 

別の言い方をすれば、社会主義国家や独裁政権においては情報の統制を行わずに政権の運営を取っていくことはできないのだ。自由で民主的な社会を作っていく上では、表現の自由、言論の自由、そして報道の自由は欠かすことのできないものだ。

国民が統治する者を監視し、チェックを行っていくことはこのように極めて重要だ。

先般、高市総務大臣が放送法について個別の番組についてもしっかり見せてもらいます、といった趣旨のことを言っていたが、視点が反対向きになっている印象を否めない。

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