民主主義の議会は、よく話し合いをし何が国民にとって一番良いことかを検討し、判断をするところだ。情報を集め、議論を尽くし国家や国民にとって最善となる判断をするべきところだ。そうした観点から、いわゆる「ねじれ議会」を「バランス議会」あるいは「バランス国会」として評価する声は根強い。

 

現にアメリカは大統領と上院は民主党だが、下院は共和党が過半数を取っている。アメリカではこのようにどこかがねじれている事が普通であって、米国民もそのバランスがと れるように「バランス議会」を意識して投票しているように見受けられる。

 

さらに、米国の場合法案に対する「党議拘束」がほとんどなく、議員は個別に議案について判断し賛否を投じている。そのため、法案を提出し、あるいは支持するものは個別の議員に対し、理解を深めまた賛成をしてもらうよう議論を尽くそうとすることになる。日本の場合、ほとんどの法案に対し党議拘束がかかるため、賛否の数は党派別の議員数が決まる選挙においてほぼ確定してしまうことになる。そうなると、衆参両院で過半数を取りねじれを解消してしまえば、いかなる法案も与党と政府が合意することによって実質的に決まってしまうことになる。どんな議論をその後しようと数の論理で賛否は決まっているわけだから、意味のある議論が十分に行われることは期待しにくい。

 

戦後、自民党政権が長く続いた時は、力のある派閥がいくつもあり、その中で極めて熾烈な議論が尽くされていた。今はそのような派閥も影をひそめており、与党の判断がそのまま国会の判断となる恐れもでてくる。特に参議院は何のための2院制か問われることにもなるのではないか。

 

それぞれの立場が有り、それぞれの考え方があって議論が行われるのだ。「ねじれ国会」を何のために解消しようとするのか、その結果何を得ようとするのか、国民はよく考えなくてはならない。

ページ上部に