新国立競技場についての見直しの検討が始まった。当然のことである。

ここで重要なことは、金額をいくらにするかということではなく、透明性を徹底的に確保し、ゼロベースで計画を見直すことだ。いやしくも決して密室の中で作業が行われてはならない。

このような官による巨大投資は、巨大な利権とインサイダー情報の塊となる。建設会社等は金額が大きくなればなるほど収入、利益ともに巨大なものになり、請負金額も多ければ多いほどその会社にとってのメリットは大きいことになる。その結果その建設会社の株式は高騰し、その情報が早ければ早いほど情報は株式投資に甚大な影響を及ぼすこととなりかねない。

このような危険はすべての公共事業に共有する問題となる。

国民が心配し、また不快に思うのは、そういうダーティな密室での出来事が横行することを何とかして払拭したいという思いがあるからだ。

辺野古の例を見ても請負金額をできるだけ多くしたいという建設側の思いから、安くできる地上ではなく、とてつもない金額に跳ね上がる海上埋立へと期待が移っていくことがありうるのではないかということに心配が及ぶことも考えられないことではないだろう。

 

また、新国立競技場の維持修繕費、また地方の施設の建設あるいは修理費等もよく見直すべきだ。オリンピックだからと言ってすべて大盤振る舞いにしていいというものではない。社会保障や年金、医療や介護等今後支出が急増していくことが見込まれる日本にあっては、その歳出を慎重に費用対効果を見ていく必要がある。質素にして心のこもった大会にすることこそ親しみや尊敬の念を醸し出すものであり、借金大国の日本が表向きだけ華美に過ぎる支出を行うことに対し多くの者は逆に奇異な印象を持つことになるのではないか。質素倹約を旨とし、心のこもった大会運営を目指すべきだと今回の騒動を見て強く感じるところである。

今回世論の圧倒的な反対(NHK81%,読売オンライン等95%)が国の方針を変更させた。このような経験が今後の日本の社会全体に良い影響を及ぼしていくことを期待している。

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